人と付き合う以上、
何かをGIVEして、何かをTAKEしている関係が成立している。
その付き合う人が多かったり、付き合う時間が長かったりすると
そのGIVEやTAKEの規模もでかくなる。
その規模に今の自分がついてこれなくなったのかわからんが、
アップアップしている自分が目に付く。
どうすれば自分のペースがつかめるのか?
それは今の自分を知ることから始まるんやろね。
普遍的な真実なんてものは存在しない
存在すれば
100%全てを完璧にこなす人がいるはずである。
人の心は完璧でないがゆえに
それを満たす完璧なものなんて存在しないのだ。
そもそも
何の基準をもって完璧となしているのか?
目的とそれに対する行動の範疇がきめられている場合において
(例えば学校のテストやら)は
100点を取れば完璧という単純明快なものがある。
が、
人の生きている行動範囲に
限界がなく、矛盾も存在するから100%ということは存在しないのだろう。
最近自分自身で思うこと。
毒を吐かなくなった。
それは自分にとげとげしさがなくなったのか、
それとも丸くなったのか、
どちらかはわからない。
でも、
いずれにせよ、一ついえるのが、
全てをポジティブに考えられるようになったってこと。
それは非常に大事やと思う。
そんなオレが、
よく思うこと、
組織で動いていると
私自身の主体性がなくなってきているという不安感
その中に混じると
ますます、自分を見失いそうで怖い。
拘束から逃れてきたはずになのに
知らず知らずのうちに拘束にはまろうとしているオレがいる。
そのオレをただしかってくれるのは、
『Pleasure’91 ~人生の快楽~』だけだった。
自分が否定的なイメージをもってるときってのは
気がすすまない。
気が進まないと
体も動かない。
そんなもんである。
それを肯定することで、
自分はこれは苦手と判断し
自分の気持ちを楽な方向へもっていこうとする。
でも、ちょっと、観点をかえて
否定的なイメージを感じてるときを楽しもうとしてみた。
というよりも、
気が進まない、
やるきがでない、
そんなものでも、
ちょっと自分に無理をしてみる。
たとえそれが自分の本気のちからでなくても、
ちょっとでも、気を向けてみる。
すると、ほら、
みえてきた。
まだまだある
いろんな道が。
閉ざしかけてた道がまた見えてきた。
最近自分の向き、不向きについてよく考える。
以前は、自分に不向きがあると考えることは
あきらめることと一緒だ
という考えから、
自分のフィールドでない分野でも果敢に進んでいった。
けど、
その知識的やスキル的な面でなくて
どうも人間的に合わんような気がしてしかたがない。
挨拶もろくにできんのか?
とか思ってしまうときもある。
なんで、こんなところにオレは来てしまったのだろう?
なんてくだらんことで悩んだりもした。
やめてしまえば簡単な話やねんけど、
そんな無責任でもない。
いつぞやかに自分は営業向きやなんて
いわれて、なんでやねん!
なんて
書いたことはあるけど、
自分はやっぱ人とはなして、
頭使って動いてナンボの人間やなぁ
ってことごとく感じる。
自分に合った環境ってどんなもんやろ?
って、環境は自分で作っていかんと
ダメなんやけどね。
でも、いろんな人間と接してきたから、
ピンとこない限り
自分の心が動かない。
もっともっともがいてるヤツが大好き。